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ラストゲーム~最後の早慶戦~

最近、曇りがちで少し日ざしが弱まり、秋の気配が感じられるようになりました。この夏前半は猛暑でしたが八月前半から中旬にかけてもっとも涼めるスポットの映画館はハリウッド作品とぽーにょぽーにょぽにょさかなの子♪ばかりでお子様連れで人だらけの為、ほとんど仕事に明け暮れておりました。やっと夏休みも終盤に近づきお子様達は宿題で家に引きこもってしまったのか街もようやく落ち着きつつあるようです。そんな中、やはり映画は邦画でしょう、先日、ふとイオンモールクレアによった際目に入ったのがこの作品。

ラストゲーム 最後の早慶戦 /監督 神山征二郎 ⇒公式サイト

昭和18年、第二次大戦下、戦争は日本にとって不利な状況となり戦局は悪化して国民生活は次第に苦しくなっていた。当然、スポーツや文化などは贅沢、敵国文化だとして弾圧の標的となり当時庶民の間で人気が高かった東京6大学野球リーグも軍と国によって解散させられ、大学生の徴兵猶予も撤廃され、兵隊が足りないため大学生達もを総動員して戦場へと送り出した。いわゆる学徒出陣である。純粋にスポーツに打ち込んでいた早稲田や慶應の学生達にも徴兵のお達しが来て皆戦場へ行かなければならなくなる。せめて出征前に彼等に好きな野球を存分にやらせてあげだいと当時の早稲田大学野球部顧問の飛田氏と慶應大学総長が奮闘し、諸々の反対を乗り越えようやく開催された「出陣学徒壮行試合」。昭和18年0月16日、早稲田大学の戸塚野球場で行われたこのゲームは最後の早慶戦として伝説の試合となった。試合は早稲田の大勝だったがお互いの大学の校歌・応援歌をエール交歓し、勝ちも負けも無い。ただただ試合が出来るのはこれが最後かもしれないという悲壮かつひたむきな思いのもとでの試合だった。試合が終わってもお互いの校歌を歌いあい、両校の選手は肩を抱き合ってラストゲームを惜しんだという。映画は試合を開催するために奮闘する柄本明演じる飛田氏と慶應総長役の石坂浩二が反対する周囲を説き伏せていくのと平行してもうすぐ死地へ赴かねばならない両校の学生達の姿も描いている。軍部の厳しい圧力や重苦しい戦時下の雰囲気。家族が戦死しても泣くに泣けない。お悔やみの挨拶も「ご立派」「名誉の戦死おめでとうございます」。とても今では考えられないが63年前まではこれが当たり前だったらしい。

ちなみに私めが勤めている高齢者デイサービスのある方は「赤紙が来たらおめでとうていわんにゃいかんだったのよ、戦死したて人前で泣いたら非国民、国賊ていわれるけんね・・押入れの中で隠れて泣きよったとよ」

映画は余計なドラマは余り描くことなく、史実を淡々と描写していく。学徒出陣式まであとひと月ほど。生きて帰ってこれないかもしれない・・そんなプレッシャーの中で野球を、プレーを精一杯やって、そして戦場の露と消えた動員学徒の方達のせつなさが伝わってまいりました。

事実、この試合に参加した方達の中でも随分帰らぬ人となった方がいるそうです。ちなみに似た内容のもので音楽学校のピアニストの特攻隊員を描いた「月光の夏」という作品もありました。これもテーマは同じでピアニストを戦場に駆り出して戦闘機に乗せて特攻させる、純粋に打ち込んでいた若者を国家が取り上げて、死に赴かせる。こんな不条理で無情な事があろうかと公開当時想ったものです。このラストゲームもそんな不条理をうたっているものと想います。

学徒出陣で出征した人の数、およそ2万5千名。その大半が二度と還らぬ人となった事実を忘れてはいけませんな。

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