いやはや4月も終盤というのに相変わらず鳴きたく?なるような朝晩の冷え込みはいけませんな。昼間はようやくこの時期らしい春の陽春の暖かさが満喫できるようになりましたな。
さてランタン紀行2日目、翌日も寒風吹きすさぶ寒さの中でしたが空はくっきりと澄んだ冬の晴れ空。長崎全日空ホテルでうまい朝ご飯を馳走になりいざ今旅のメイン、長崎龍馬伝館・長崎歴史文化博物館へと足を進めます。
この長崎歴史文化博物館、出来たのが確か7年くらい前で、比較的新しい施設です。長崎市立山の旧県立美術館が置かれていた場所に、総合的・本格的な長崎の歴史・文化の展示施設を持たなかった長崎県が南蛮船来航の中世から近代、幕末・明治にかけての博物館として設置したもので常設展示品の数々、特に江戸期の長崎貿易の資料は歴ヲタであればおおおっ!と目を見張り、そそられてしまうでありましょう。アクセスとしては長崎駅から市電で一駅、桜町電停で降りてしばらく歩かねばいけません。電停から降りて歩くルートがよそから来た方にはちいとばかり判りつらい。案内版は一応出ていますが、ごくごく普通の一般の住宅街・商店の路地を通り抜けていくので一瞬この道で大丈夫だよね・・と不安、錯覚におちいることがあります。
長崎歴史文化博物館、入口はさすが、昔の奉行所入り口を模したもので堂々たる風格が感じられます。設計は有名な建築家の黒川紀章氏。建物外観は旧長崎奉行所を復元したような造りです。
入口を入るなりいきなりどでかい坂本龍馬と岩崎弥太郎の立身像がどーんと仁王立ちで出迎えてくれます。しかし・・なんで弥太郎なのか?
坂本龍馬は皆さまご存知の通り幕末に活躍した土佐脱藩浪士ですね。彼は土佐出身でありながら地元ではあまり活躍した形跡がなく高知ではその足跡をたどってみるとかなり地味なものです。そのかわり県外でその活動の足跡を数多く残しています。江戸、神戸、下関、鹿児島、これらの中で一番拠点として活動したのが京都とこの長崎なのです。長崎は当時唯一海外との交流の窓口であったことから外国文化や海外との交流を図る場所として日本中から人が集まっていた。
龍馬伝の中では弥太郎と龍馬は小さい時からのマブダチということになっていますが、史実では龍馬が長崎へ来て亀山社中を作った頃に弥太郎と知り合ったということが記録として書かれています。当時の土佐は超厳しい身分社会ですから下士の龍馬と地下浪人の弥太郎ではなかなか接点を作ることすら難しかったでしょう。
弥太郎の鬼気?迫る商売の才をいち早く見抜いた龍馬は意気投合し亀山社中に迎えいれてここから本格的に二人のタッグが始まるわけです。
その後、英国商人のグラバーらと組んで、船を調達し本格的な海運会社を興します。これが後の海援隊となって行きます。ただ一躍有名になったのは当時幕府相手に戦をしていた長州藩への武器密輸。いわば死の商人的な仲介商売で名を売ったのですから、もし長州が敗北して幕府がそのまま残っていたら彼らはアルカイダやタリバーンと同じ扱いになっていたでしょうな。
龍馬伝館は博物館展示スペースから連絡通路をわたり、そこは奉行所の屋敷とお白州を再現してあります。その部屋部屋の中に龍馬伝出演キャストのポスターやら想いやら諸々の展示があります。(篤姫館のような感じ?)
しかし、博物館のスタッフさんよ、河田小龍や吉田東洋を知らんとはいけませんな・・。熊本の隠れ幕末スター横井小楠もスルーされて・・いやはや。
歴文を見たあとは市電にて一路、お参りの為、崇福寺へ向かいます。思案橋の先にある黄檗宗(おうばくしゅう)の中国寺で江戸期の創建。三門は国宝です。海の航海の守りの女神様、馬祖さまを祭ってあります。ちなみにこの馬祖様、年に数回きれいにご神体をお清めするのですが女神像がとてもリアル!に作られているため男性はNG。女性の方がお清め,更衣を担当しているのだとか。寺は少し階段を昇りったところに本殿があります。それとやたら猫が多く鳴きながらにゃん、にゃんと近寄ってきます。
お参りの後は長崎龍馬伝ツアー最大の難所?亀山社中です。F派としては寺町より頂上めがけて突進しがちなところをあえて邪道、迂回作戦をとりました。崇福寺前バス停から長崎バスの風頭公園行きに乗り山を登りました。風頭公園は山頂だけあって北風の吹きすさぶ寒さでしたが司馬遼太郎の維新回天の碑の前から見る長崎の町並みは稲佐山から見るのとはまた違った味を出してます。ここの龍馬像が桂浜のよりは凛々しくて私めとしては好きですな。当時の亀山社中の若者たちが、ここから海を見て何を想ったのか、歴史ヲタとしてはとても興味がそそられますな。
ここから亀山社中まで手すりをつたいながら、ひたすら狭い路地を下って行きます。本当に高台の一般住宅街や墓地の近くを通りぬけていくので下り坂とはいえ結構大変です。途中の坂道の脇にはミーちゃん(猫たち)がいてなかなか和ませてくれます。ランタンシーズンのため結構観光客も多くせまく細い路地は結構混雑気味。
いよいよ亀山社中に到着。ほんと小じんまりとした建物ですが、この場所がのちの日本の歴史に残した形跡はとてつもなく大きい。この場所で龍馬や弥太郎、近藤長次郎が何を語り、何を想ったのか、歴史のロマンを感じさせますな。一応お約束ですが龍馬のぶーつ像もアップしました。歴女さんたちに大人気です。
この後、山を下り寺社町通りを抜け再び新地中華街へ。夕方のランタンを満喫しながら、お土産物色。中華街の雑貨屋さんはとてもバラエティにとんだ品物が多く迷いましたが寅の干支の置物とミニ掛軸、双葉屋のオリジナルカステラ(ここたげでしか作らないので超おススメです)を求めて長崎駅への帰路へ。ラストは長崎駅アミュプラザ にて最
後はちゃんぽんで締め、帰りは懐かしの783系ハイパーサルーンかもめで長崎を後にしたのでした。(ちなみにこの帰路吉塚駅で人身事故があり九州内のJRダイヤが大混乱、結構乗り継ぎ大変でした・・。必ず旅の行程で何かあるのはF企画のセオリーでしょうな・・。)